大阪地方裁判所 昭和52年(ワ)3710号 判決 1979年6月28日
原告 石橋スエノ
右訴訟代理人弁護士 山之内幸夫
被告 大野武志
右訴訟代理人弁護士 藤井俊治
被告 株式会社松谷工務店
右代表者代表取締役 松谷弘
右訴訟代理人弁護士 鳩谷邦丸
主文
一 被告大野武志は原告に対し金一二九万二、九七九円およびこれに対する昭和四九年七月一三日から完済まで年五分の割合による金員を支払え。
二 原告の被告大野武志に対するその余の請求および被告株式会社松谷工務店に対する請求はいずれも棄却する。
三 訴訟費用は原告と被告大野武志との間に生じた分はこれを九分し、その四を同被告の、その余を原告の負担とし、原告と株式会社松谷工務店との間に生じた分はこれを全部原告の負担とする。
四 この判決の第一項は仮に執行することができる。
事実
第一当事者の求める裁判
一 原告
「(一)被告両名は各自、原告に対し金三〇〇万円およびこれに対する昭和四九年七月一三日から完済まで年五分の割合による金員を支払え。(二)訴訟費用は被告両名の負担とする。」旨の判決ならびに仮執行の宣言。
二 被告ら
「(一)原告の請求を棄却する。(二)訴訟費用は原告の負担とする。」旨の判決。
第二当事者の主張
一 原告の請求原因
(一) 事故の発生
昭和四九年七月一二日午後五時二〇分ころ大阪府河内長野市楠町一、一九六番地先路上において同路上を西から東に向かって横断歩行していた原告に、南から北に向かって進行していた被告大野武志運転の第二種原動機付自転車(堺市そ一〇九六号、以下被告車という。)の前部が衝突し、原告を路上に跳ね飛ばして転倒させた。
(二) 被告らの責任
1 被告大野は本件事故当時、被告車を所有し、自己のために運行の用に供していた者であるとともに、前方不注視の過失により右事故を発生させたものである。
2 被告株式会社松谷工務店(以下被告会社という)は被告大野を雇用し、同被告は被告会社の業務に従事して同車を運転中前記の過失により右事故を発生させたものである。ちなみに、右事故により同時に傷害を被った被告大野は労働者災害補償保険(以下、労災保険という。)の給付を受けており、また、被告会社専務取締役岡森俊行は事故後原告方に来て原告に対し賠償額五〇万円を提示して示談を申入れている。
(三) 原告の被った損害
1 受傷 頸部外傷Ⅱ型、右肋骨多発性骨折(第六ないし一一肋骨)、右血気胸、腰部打撲傷、両眼緑内障および白内障
2 治療経過
(1) 入院
昭和四九年七月一二日から同年一〇月一日まで富田林市所在の金剛外科病院に。(八二日間)
(2) 通院
同月二日から昭和五〇年四月三〇日まで同病院に(うち実治療日数二一日)
ほかに両眼の前記疾病治療のためにPL病院、関西電力病院に入、通院。
3 後遺症 頭痛、耳鳴、右脇腹の痛み、視力障害(両眼失明)(自賠法施行令別表後遺障害別等級表第一二級該当、昭和五〇年四月三〇日症状固定)
4 損害額
(1) 治療費 一〇万〇、二〇〇円(ただし、金剛外科病院の治療費等のうち原告負担分)
(2) 付添看護費 一六万四、〇〇〇円
金剛外科病院に入院中原告の長男の妻石橋和子などが交代で原告の付添看護をし、その一日当りの対価相当額は二、〇〇〇円であるので、その八二日分は標記の金額となり、原告は同額の損害を被った。
(3) 入院雑費 四万一、五〇〇円
同病院に入院中一日当り五〇〇円の割合による八三日分。
(4) 通院交通費 八、四〇〇円
同病院に通院するに際し、往復一回当り四〇〇円の交通費を要し、その二一回分は標記の金額となる。
(5) 休業損害 九一万〇、九一二円
原告は明治四二年一月六日生まれの事故前健康であった女子であり、河内長野市所在の竹田精機工業株式会社に昭和四八年九月から勤務し、製品検査などの作業に従事し、一日当り二、二四八円の給料および年間二五万円の賞与の支給を受けていたが、本件事故による受傷および後遺症のために事故日の昭和四九年七月一二日から現在までまったく稼働できず、勤務先も自然退職した。よって、同日から後遺症状固定日である昭和五〇年四月三〇日までの二九四日間の休業損害は次の算式により標記の金額となる。
算式 二、二四八×二九四+二五〇、〇〇〇
(6) 後遺症に基づく逸失利益 三一四万四、二七七円
原告の前記の後遺症の部位、程度、年令等に照らすと、原告は労働能力の五〇%をその症状固定日の翌日である昭和五〇年五月一日から終身喪失し、もし本件事故に会わなければ平均余命の半数である七年間稼働しうると推定されるので、前記の年収額一〇七万〇、五二〇円(二、二四八×三六五+二五〇、〇〇〇)を基礎とし、年五分の割合による中間利息を控除する年別ホフマソ計算法により同人の後遺症に基づく逸失利益の同日現在の現価を算出すると標記の金額となり、原告は同額の損害を被ったといえる。
算式 一、〇七〇、五二〇×〇・五×五・八七四三
(7) 慰藉料 一〇四万円
以上合計 五四〇万九、二八九円
(四) 損害の填補
原告は労災保険から休業補償給付三四万九、三九一円、障害補償給付三五万〇、八四四円、被告大野から五万円の支払を受け、合計七五万〇、二三五円の損害は填補された。
(五) よって残損害額は四六五万九、〇五四円となるが、原告は被告両名に対し、連帯してその内金三〇〇万円およびこれに対する本件事故発生日の翌日である昭和四九年七月一三日から完済まで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。
二 被告大野の答弁
請求原因(一)のうち、原告と被告車の前部とが衝突し、原告が路上に跳ね飛ばされて転倒したことは否認するが、その余の事実は認める。同(二)の1のうち被告大野が被告車を所有していたことは認めるが、その余は否認する。同(三)の1ないし3は不知、なお、1のうち原告の緑内障および白内障の疾病、2のうちその治療経過、3のうち視力障害が仮に認められるとしても本件事故との因果関係は否認する、4は否認する。同(四)は認める。同(五)は争う。
三 被告大野の抗弁
(一) 本件事故発生現場は西側にのみ歩道があり、東側は歩道がなく、崖になっており、同現場のすぐ北側には横断歩道橋があり、車道の交通量は多い場所である。原告は突然西側の歩道から車道上に飛び出して来て被告大野の頭部辺りに原告の頭部をぶっ付けたものであり、同被告は右事故の発生を避けえなかった。同被告にはかかる原告の無謀な飛び出しを予見して被告車を運転する注意義務は存しないので、同被告にはなんら同車運転上の過失はなく、右事故は原告の一方的な不注意によって発生したものであり、かつ、同車にはなんら構造上の欠陥も機能の障害もないので、同被告には原告に対する損害賠償債務はない。
(二) 仮に右の主張が理由がないとしても、右事故発生には原告の重大な不注意がその原因として大きく寄与しているので、同被告の賠償額の算定に当り大幅な過失相殺による減額がなされるべきである。
(三) 被告車には自賠責保険が付されていなかったが、自動車損害賠償保障事業を行う政府から原告に対し二九万八、七二八円が支払われているので、同額の損害の填補がなされている。
四 被告会社の答弁
(一) 請求原因(一)は認める。同(二)の2のうち被告大野が同時に負傷し、労災保険の給付を受けたことは認めるが、その余は否認する。同(三)は不知。同(五)は争う。
(二) 本件事故は原告の全面的な不注意により発生したもので、その詳細は被告大野の抗弁(一)の主張を援用する。
(三) 本件事故当時、被告会社と被告大野との間には雇用関係はなく、同被告は被告会社の下請業者である訴外出見源蔵が使用している大工職人であり、被告会社は被告大野を直接にも間接にも指揮監督していない。被告大野は出見と共に昭和四九年二月から被告会社が元請している河内長野市三日市町所在の松下邸別宅新築工事の大工仕事に従事していたが、本件事故は被告大野が午後五時ころ勤務を終えて自宅か、或いは堺市泉北栂の妻の実家に帰宅中に発生したものである。同工事現場への往復については被告会社はその作業員のマイカーの利用は認めておらず、被告大野も含めて作業員は肩書住所地の被告会社事務所に全員が午前八時に集合し、同会社のトラック、普通乗用車で同現場に行き、作業終了後は同様して同事務所に全員が帰っていた。
被告大野は事故当日は朝寝すごして出勤時間に遅れたため被告会社に連絡しないままに、前記工事現場に直接被告車を運転して行き、作業を終えて前記のとおり帰宅途中に右事故を発生させたものである。したがって、右事故発生のとき被告大野は被告会社の業務に従事していたものではなく、また、被告会社がその業務に被告車を利用したことはなく、かつ、被告大野に対し同車のガソリン代を被告会社が負担したこともないので、同車につき同会社はなんら運行支配も運行利益も有していないので、被告会社には原告に対する右事故による損害賠償債務はない。なお、被告大野が労災保険の給付を受けたのは、労働者災害補償保険法の一部を改正する法律(昭和四八年法律第八五号、同年九月二一日公布、同年一二月一日施行)により労働者の「通勤災害」にも同保険の給付がなされることとなったことによるもので、右事実によっても、対外的な関係で被告大野の通勤途上の事故が被告会社の業務執行中の事故とはいえないので、前記の主張はなんら左右されない。
五 被告大野の抗弁に対する原告の答弁
前記三の同被告の抗弁(一)、(二)は否認する。
第三証拠関係《省略》
理由
一 請求原因(一)の事実は被告会社との間では争いがないが、被告大野は原告に被告車の前部が衝突し、原告を路上に跳ね飛ばして路上に転倒させたことは否認し、その余の事実は認めると陳述する。そして、被告らは被告大野の過失を争い、同被告は自賠法三条但書の免責事由の主張をするので、以下本件事故発生の状況につき検討する。
(一) 《証拠省略》を総合すると次の事実を認めることができ(る。)《証拠判断省略》
1 本件事故発生現場は南北に通ずる車道幅員約六・三五メートル二車線の国道三一〇号線上で西側には幅員約一・三五メートルの歩道が設置されているが、衝突地点のほぼ西側から南方にかけて約一五メートルの間は工事中で歩道部分は車道と同じ高さに低くなって、西半分は鉄板が敷かれていたこと。車道の東側は幅員約〇・六メートルの路肩になっており歩行者の通行が可能であり、その東側は崖になっていること。同道路は北側に向かって一〇〇分の二の上り勾配のアスファルト舗装の道路で、当時天候は晴天で路面は乾燥しており、車両の通行量は普通で公安委員会が最高速度を五〇キロメートル毎時に制限していたこと。衝突地点の十数メートル北方には同道路を横断する歩道橋が設置されているが、歩道橋には西側の歩道からすぐには上れず、さらに約三〇メートル西方に歩いてから上らねばならず、近くには横断歩道がなく、車道を直接横断する歩行者もかなりいたこと。付近には車道の両側にバスの停留所があったこと。同道路の周囲は田畑であるが、民家が段々と建築され始めていたこと。
2 原告と被告車の前部付近が衝突し、その衝突場所は同道路の車道西端から中央(東)に向かって約一・六メートルの地点であること。
3 被告大野は被告車を運転して約三〇キロメートル毎時の速度で本件道路の車道部分をその西端から約一・六メートルの距離を置いて南から北に向かって進行し、原告が日傘をさして西側歩道上を南から北に向かって普通の歩調で歩いているのを左前方約二二メートルに認めたが、そのままの速度で約一九・五メートル前進したとき左前方約四・七メートルに原告が同道路を西から東に向かって横断すべく車道上に出て来たのに気付いたが、なんらの衝突回避措置も採ることなく、約四・六メートル前進し、同様に約一・六メートル前進して来た原告に前認定のとおり被告車が衝突し、原告はその衝撃で約二・五メートルほぼ北方に跳ね飛ばされて路上に転倒したこと。
4 他方、原告は車道を横断するに際して、右前方を十分注視せず、間近に接近している被告車に気付いていなかったと窺えること。原告は河内長野市松ヶ丘中町一、四五六番地の二所在の勤務先である竹田精機工業株式会社の工場から事故現場の北東方向にある肩書住所地の自宅に向かって歩いて帰宅していたこと。
(二) 右事実によれば、本件事故現場のすぐ北方に横断歩道橋が設置されてはいるが、原告がそれを利用せずに車道を横断することも考えられるので、被告大野は原告に気付いてからは同人の動静に十分注意を払って、減速し、場合によっては徐行して衝突事故の発生を未然に防止すべき注意義務があるのにもかかわらず、漫然とこれを怠り、約三〇キロメートル毎時の速度のままで進行した過失により原告が車道上に出て来たのに気付きながら直ちに停車できず同人に被告車を衝突させたということができる。しかし、他方、原告にも横断歩道橋を利用しなかったばかりでなく、右前方に対する安全確認が不十分なままで車道を横断しようとした不注意があり、右不注意も本件事故発生の原因として寄与していることは明らかであるので、右事故は双方の過失が競合して発生したということができ、その寄与の割合は同被告の過失を六とすれば、原告のそれは四とするのが相当である。
二 そうだとすれば、請求原因(二)の1のうち、被告大野が本件事故当時被告車を所有していたことは同被告の自白するところであり、同被告は特段の反証も挙げないので同車の運行供用者と推定されるばかりでなく、《証拠省略》によれば同被告は日常同車を自宅から被告会社事務所までの通勤の往復などに使用して運転していることが認められるので、同車の運行供用者と認められ、かつ、前項の説示のとおり本件事故の発生には同被告の同車運転上の過失が原因として寄与しているからその余の判断をするまでもなく、同被告の自賠法三条但書の免責事由の主張は理由がないので、同被告には同条本文により原告に対し、同人が右事故により被った損害につき前項の双方の過失割合等をしん酌して過失相殺による減額をした限度で賠償をする債務があるといえる。
三 次に請求原因(二)の2の被告会社の責任について検討する。
(一) 《証拠省略》によると次の事実を認めることができ、右認定に反する適当な証拠はない。
1 被告会社は建築請負業者であり、訴外出見源蔵は長年同会社の大工職の専属的な下請業者であり、被告大野は大工職人として十数年前に出見に弟子入りし、直接は同人に雇用されて同人と共に被告会社が元請する家屋の建築工事などに従事していたこと。本件事故後の昭和四九年一〇月一日からは出見も被告大野も直接被告会社が雇用する従業員になったが、それ以前の同年一月から被告大野は賃金を被告会社から直接支払を受けていたこと。出見も被告大野も工事現場に行く前に慣例として朝被告会社の事務所に立寄り、また、作業終了後は帰宅前に同事務所に集って同会社代表取締役の松谷弘や専務取締役の岡森俊行から作業の段取りなどにつき指示を受けたり打合せをし、松谷等は建築現場に行って直接出見や被告大野に対し作業につき指示をすることもあったこと。
2 出見および被告大野は昭和四九年二月からは河内長野市三日市町所在の、被告会社が元請している松下邸別宅新築工事に継続して専属的に従事しており、同工事現場は被告会社事務所から自動車で四〇分位要する遠距離にあったので、出見および被告大野は朝午前八時ころ被告会社事務所に集って同会社の従業員訴外宮崎悟の運転する同会社所有の普通貨物自動車に同乗するなどして同現場に行き、午後五時ころ作業が終ると同様にして前記事務所に帰っていたこと。被告大野は自宅から同事務所までの通勤の往復には被告車を使用していたが、朝出勤時間に遅れたときは直接同車で同現場に行ったことが本件事故前に二、三回あり、右事故当日も寝すごして午前八時の同事務所への出勤時間に間に合わなかったので直接被告車を運転して同現場に行き、午後五時ころ作業を終ってその行先は自宅か妻の実家か証拠上釈然としないが、同車を運転して帰途に着いているとき本件事故を発生させたこと。
3 他の堺市内などの被告会社事務所の近くの工事現場の仕事に従事していたときは被告大野は直接現場まで自宅から被告車で往復することはあったが、松下邸の工事に従事するようになってからは前認定のような通勤形態であり、本件事故当日は偶偶同被告は朝被告車を運転して同現場に来た関係で作業終了後同車で帰宅していたもので、出見なども同被告に被告会社事務所に立寄ることを命じたことはなかったこと。堺市内の工事現場の仕事に従事していたときは釘などの工事材料が不足したときは出見などが指示して同被告に被告車を運転させて被告会社事務所近くの堀井金物店にそれを買いに行かせたことは一月に数回あったが、松下邸の工事ではそのようなことはまったくなかったこと。
4 なお、証人石橋剛および被告大野は同被告が被告車のガソリンを被告会社の費用負担で給油店から購入したことがある旨供述するが、右各供述はこれに反する《証拠省略》に対比して措信するに十分でなく、右購入の事実は肯認することができない。
(二) 前記の認定に徴すれば、被告大野は本件事故当時被告会社雇用の従業員と同視できる地位にあったと一応認めることはできるが、右事故は被告大野が被告会社の業務を終えていわばそれから解放されて通勤途上に発生したものであり、客観的、外形的にみても、被告会社の業務の執行に付いての事故とはいえないものであり、かつ、被告会社は被告大野が昭和四九年二月に松下邸の工事に専属的に従事するようになってからは同会社事務所から同現場までの往復は同会社所有の車両で同会社雇用の従業員宮崎等が被告大野を同乗させて行っており、同被告が自宅から同現場に直接被告車で往復したのは寝すごして出勤時間に遅れるなどの個人的な都合によるもので、その回数も少なく、被告会社がそれを黙許していたとはいえないものであり、また、同被告が同工事に従事後は同会社が被告車を材料購入などに利用したことはないので、結局、被告会社は同車につき運行支配も運行利益も有しているとはいえないので、同会社が同車の運行供用者であるともいえない。もっとも、本件事故により同時に負傷した被告大野が労災保険の給付を受けたことは当事者間に争いがないが、右の措置は被告会社がその答弁において主張するようにその主張の法律が改正され通勤災害にも同給付が行われることとなったことによるものであって、右は労働者保護の見地から保険給付の適用範囲が拡張されたことによるものと窺えるが、それによって使用者の対外的な責任の有無の照準となる「業務執行」の外延が拡張されたものとみるのは相当でないので、右事実によっても前記の結論に消長はないと思料される。なお、岡森が原告に対し賠償額五〇万円を提示して示談を申入れた旨の原告の主張はそれに副う石橋証言はあるが、右証言はこれに反する《証拠省略》に対比してにわかに措信するに十分でなく、ほかに右主張を肯認するに足る的確な証拠もないので右主張は肯認することができない。したがって、被告会社には民法七一五条一項による使用者責任も、自賠法三条の運行供用者責任もないことに帰するので、同会社には原告に対する本件事故による損害賠償債務は発生していないので、その余の判断をするまでもなく、原告の被告会社に対する本訴請求は理由がなくすべて棄却を免れないことになる。
四 そこで、本件事故により原告が被った損害について検討する。
(一) 《証拠省略》によれば原告は右事故により頭部外傷Ⅱ型、右肋骨多発性骨折、右血気胸、腰部打撲傷の傷害を被り、その主張のとおり金剛外科病院にその治療のために入、通院したが、頭痛、耳鳴、右脇腹の痛みの後遺症が残存し、その症状は昭和五〇年四月三〇日固定し、その程度は「局部に頑固な神経症状を残すもの」として自賠法施行令別表後遺障害別等級表第一二級に該当することが認められる。
なお、《証拠省略》によれば原告は本件事故後間もなく(昭和四九年七月一四日ころ)左眼痛を訴え、左眼は緑内障、右眼は緑内障に白内障を併発したものと診断され、同年八月一五日ころから昭和五一年四月ころまで原告主張の各病院に入、通院して治療し、右眼については昭和四九年一二月に関西電力病院で手術を受けたが左眼はそれができないまま失明したこと、本件事故前約二週間前の勤務先の竹田精機工業株式会社での健康診断では視力は左眼〇・六、右眼〇・八であって、製品検査などの作業に支障はなかったことが認められるが、両眼とも縁内障の素因があって、本件事故とは関係なく、偶々右事故と時期を同じくして右疾病が発症ないし増悪したと認められるので右疾病は本件事故と因果関係があると肯認することはできない。
(二) 右認定を前提として損害額の明細についてみてみる。
1 治療費および文書料
《証拠省略》によれば原告の金剛外科病院での原告負担の標記の費用に一〇万〇、二〇〇円を要したことが認められる。
2 付添看護費
《証拠省略》によれば原告が前記病院に入院中付添看護を要し、同人の長男の妻石橋和子など近親者が交代でこれに当ったことが認められ、経験則上、その一日当りの対価相当額は二、〇〇〇円が相当と認められるので、その八二日分は一六万四、〇〇〇円となり、右は原告の被った損害と認められる。
3 入院雑費
経験則上、原告の同病院の入院中一日当り五〇〇円の雑費を要したことが認められるので、その八二日分は四万一、〇〇〇円となる。
4 通院交通費
《証拠省略》によれば原告の同病院への通院の往復は長男石橋剛などが運転する自動車に原告を同乗させて行ったことが認められるが、その燃料費などの費用が証拠上はっきりしないので、標記の費用はこれを肯認することができない。
5 休業損害
《証拠省略》によれば原告はその主張の生年月日の健康であった女子でその主張の会社にその主張のとおり勤務し、本件事故前三か月に一日当り平均日額二、二四八円の給料を受けていたが、右事故による受傷および後遺症のために右事故日の翌日である昭和四九年七月一三日から現在に至るまで稼働せず、勤務先も自然退職し、その間給料の支払を受けていないことが認められるが、年間二五万円の賞与の支給があった旨の主張はこれに副う石橋証言があるだけで、ほかにこれを証明する客観的な証拠がないので、右証言だけから右主張を肯認するのは躊躇せざるをえない。よって原告の休業損害は前記給料日額二、二四八円を基礎として、昭和四九年七月一三日から後遺症状固定日である同五〇年四月三〇日までの二九二日分の六五万六、四一六円と認めるのが相当である。
算式 二、二四八×二九二
6 後遺症に基づく逸失利益
前記の原告の後遺症の部位、程度等に照らすと原告はその症状固定日の翌日である昭和五〇年五月一日から終身労働能力の一四%を喪失し、それに副う減収があり、同人の当時(六六才)の平均余命は一五・八四年であるから、もし本件事故に会わなければ以後七年間は稼働しうるものと推定されるので、前記の給料日額二、二四八円を基礎とし、年五分の割合による中間利息を控除する年別ホフマン計算法により同人の後遺症に基づく逸失利益の昭和五〇年五月一日現在の現価を算出すると六七万四、七九七円となり、同人は同額の損害を被ったといえる。
算式 二、二四八×三六五×〇・一四×五・八七四三
7 慰藉料
本件事故の態様、原告の受傷、その治療経過、後遺症の部位、程度その他諸般の事情をしん酌すると原告が右事故により被った精神的苦痛に対する慰藉料は一八〇万円が相当であると認められる。
五 以上合計すると原告の損害額は三四三万六、四一三円となるが原告が労災保険から休業補償給付三四万九、三九一円、障害補償給付三五万〇、八四四円合計七〇万〇、二三五円の支払を受けたことは当事者間に争いがないので右填補額を控除すると残損害額は二七三万六、一七八円となり、これにつき前記一の(二)に説示の被告大野と原告の過失割合等をしん酌して過失相殺してその四〇%を減額した一六四万一、七〇七円が同被告の原告に対する損害賠償債務額となるが、そのうち同被告が原告に対し五万円支払ったことは当事者間に争いがなく、《証拠省略》によれば原告は同被告がその抗弁(三)において主張するとおり政府から二九万八、七二八円の支払を受けたことが認められ、右は同被告の債務の弁済と同視されるので、弁済額は合計三四万八、七二八円となり、これを控除すると同被告の残債務額は一二九万二、九七九円となる。
そうだとすると、同被告は原告に対し残債務額金一二九万二、九七九円およびこれに対する本件事故発生日の翌日である昭和四九年七月一三日から完済まで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払義務があるといえる。
六 以上説示の次第で、原告の被告会社に対する本訴請求はすべて失当として棄却し、被告大野に対する同請求は前項記載の限度で正当として認容し、その余の請求は理由がないので失当として棄却し、訴訟費用の負担および仮執行宣言につき民訴法八九条、九二条本文、一九六条一項を各適用して主文のとおり判決する。
(裁判官 片岡安夫)